「日刊オゼ☆ケン」通信 THE 2nd

「日本一の刃物のまち」前岐阜県関市長「尾関健治」(オゼ☆ケン・オゼケン)の政治活動通信

3月24日のブログ「最高幹部会議、中濃消防組合・中濃広域事務組合の議会、岐阜国道事務所の米村所長・関警察署の中井・署長と面談、鞘師の森隆浩さん県伝統文化継承者表彰、送別会」

今朝もいつものユックリとした5キロのジョグ。

娘が引っ越しのために出発・・・ただし、入学式前にもう一度は戻って来ますが。

 

市役所に入って、打ち合わせや決裁など。

 

午前10時から、部長級以上の最高幹部会議。

ちょうど良い機会だったので、昨晩の市政講話の質疑応答でいただいた質問・要望を担当部長に伝えることができました。

 

午前11時半から、総合斎苑わかくさにて、関商工会議所の鈴木良春・会頭の御母堂様の告別式に参列。

喪主としての鈴木・会頭のご挨拶は、御母堂様に対する思いが詰まっていらっしゃって、こちらも胸に来るものがありました。

安らかなるご冥福をお祈り申し上げます。

 

市役所に戻って昼食。

 

午後1時半から、クリーンプラザ中濃にて、中濃消防組合・中濃広域事務組合、それぞれの議会。

 

新年度予算案等をご審議いただき、すべての議案について議決いただきました。

 

市役所に戻って、打ち合わせや決裁など。

 

午後3時半から、国土交通省・岐阜国道事務所の米村・所長と面談。

4月1日付の人事異動で、国土交通省本省にご栄転されるということでご挨拶にお越しいただきました。

 

米村・所長には、東海環状自動車道や国道156号東バイパス等、関市にも関係ある事業に対して、大変なお力添えをいただきました。

お世話になりました。ありがとうございました。

 

午後4時から、新たに赴任された中井敏克・関警察署長と面談。

先日のシティマラソン大会でも、ランニングポリスとして安全確保のために警察署員の方に走っていただいたばかりです。

 

治安・交通安全・災害対応など、関警察署の皆さんとの連携は大切です。

ここ3年間はコロナ禍のために懇談会ができていませんが、それまでは年に1~2回の意見交換を兼ねて懇談の場をもっていました。

 

5月以降になると思いますが、今年はぜひそういう場も復活させていきたい、と思います。

 

午後4時半から、岐阜県伝統文化継承者表彰を受賞された鞘師の森隆浩さんが報告に。

森さんはこれまでにいくつもの賞を受賞され、現在は「日本刀名匠(鞘)」認定を受けられたり、すでに審査を受ける側ではなく審査をする側の審査員として活躍されています。

 

48歳の若さで受賞されたのは、これまでの実績の積み重ねですし、今後は後継者の育成も頭においておられるそうなので、ぜひ後進の育成にも力をいただければ、と思います。

 


↑ 左側は森隆浩さんのお父様である鞘師の森雅晴さん・・・現在、関伝日本刀鍛錬技術保存会の副会長を務めていらっしゃいます

 

午後5時半過ぎに市役所を出て、総合斎苑わかくさにて、お通夜前に弔問。

地元の方だったのですが、弔問に伺ったら、知り合いの方にお会いしてビックリ・・・いろいろなところで繋がっていますね。

ご焼香を上げさせていただきました。

 

午後6時過ぎから、だいえいにて退職する部長等の送別会。

6名の部長が3月末で退職となり、県から派遣をいただいていた参事が県庁に戻られるので計7名の方の送別会です。

 

例年のごとく、7名の方に対しては、私から心ばかりの品(お酒・クッキー等)を贈らせていただきました。

 

お酒の強い弱いはありますが、今日は嬉しいことに参加者全員で一緒に飲むことができました。

 

途中、ひとりずつスピーチをしてもらったのですが、驚いたのは通称「武儀の3人娘」の武儀町役場時代の話。

 

40年前の入庁当時は、結婚・妊娠したら退職する、ということが採用の条件だったとか・・・私と10年の違いはありますが、明治時代か大正時代の話かと思いました。

 

そういう時代から考えると、3人とも部長職まで務めてもらったのは隔世の感がありますね。

 

最後は、M室長の迎えに来られたお嬢さんの車に乗せていただき帰宅。